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EXCERPT

本ページではいくつかの投稿作品の冒頭を抜粋して公開していきます。


きれいな骨/川瀬翠

──胸にあしらわれた薔薇のケミカルレース。この薔薇は、わたしの心臓だった。


久しぶりにばったり顔をあわせたちえちゃんは、すっかり様子がおかしい。ロリィタのお洋服をクローゼットに隠して地味な女子大生を装っている山崎にとって、少年のような見かけで不遜な態度をとるちえちゃんは無敵の畏友だった。しかし、そんなちえちゃんを追い込んだのは自分自身が「ずっと女を馬鹿にしてきたのかもしれない」という気づきだった。


女の子として生まれ落とされた者にかけられる幾重もの呪い。

これは、そんな呪いに立ち向かうふたりの物語です。



冒頭抜粋

 サイレンのなか降りてくる遮断機をくぐりぬけたとき、その向こうでちえちゃんはいまにも崩れそうなジェンガみたいに立っていた。すっかり痩せ細った青白い肉からほとんど透いてしまいそうな骨。そしてそれらが腱や関節によって組み合わさってふしぎなバランスを保って立っていることの奇跡。そのくちびるはほんの柔くあわさっており、茶色い両眼はまるで葉の先でふくらんだまま静止する雫のようにらんと光っていた。そのことが信じられないほどに切なくて、思わずわたしはその肩を乱暴に揺さぶって「ちえちゃん」と叫んでいた。ちえちゃんはへんに光る眼をわずかに細めて微笑んだ。

「ああ、山崎。なんだかひさしぶりだね」

 ちえちゃんの低い声もいつになくひどくかすれている。肩を掴んだ手にちえちゃんの伸びっぱなしの髪の先が触れて、こんなに髪が長かったことがあったっけと思い、それからぷんと酸っぱいような体臭がすることに気がつく。あ、と思って抱きとめたときには、ちえちゃんはもうすっかり崩れてしまっていた。

 抱きかかえるようにしてその踏切から学生マンションに連れ帰っても、ちえちゃんはほとんど口を利かなかった。「大丈夫?」とか、「どうしたの?」とか、「ちゃんと病院に行った?」とか、とにかく何を訊いても、唸るような音をだすばかりで、でも「ごはん食べてるの?」と訊くと、「まだ」とだけ発話した。たぶんしばらくまともに食べていないのだろう。こんなちえちゃんは見たことがないし、どう扱っていいのかわからなくて、なんだか胸がどきどきする。春の西陽とすこし肌寒い風を感じながら、とにかく冷凍うどんと卵があったはずだと冷蔵庫の中身を思い出そうとした。長葱も少し残っているかもしれない。あとは冷凍室のアイスクリームとかしかないけれど。そういえば、さっき届いたので開封して試着したはわせドールワンピースはちゃんとクローゼットに片付けていただろうか。ここ一年ほどこっそり家でロリィタファッション、主にBaby, the Stars Shine Brightのお洋服を着ていることは、まだ誰にも話したことがないし、誰よりもちえちゃんにだけは絶対に話せないことだった。だって、ひょっとすると馬鹿にされるかもしれないもの。(つづく)

 
 
 

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